機械部品を扱う、社員20人ほどの卸売会社。社長からこう言われたとします。
「うちはまだ、AIのルールが何もないんです。まあ、社員もまだ誰も使っていないと思いますけど」
私なら、ルールのひな形を出す前に、社内でいまAIがどう使われているかを聞きます。
営業・総務・広報が、もうAIを使っていた
社員には、どの仕事で、どのAIを使っているかを聞きます。契約しているのは会社か、個人か。何を入力し、どのファイルにアクセスさせ、回答を何に使い、操作をどこまで任せているかも確かめます。第1回の4つの問いに沿った聞き取りです。
社長と何人かの社員に聞くと、次の使い方が分かりました。
- ① 営業担当が、個人で契約したAIに顧客からの問い合わせメールを貼り付け、返信の下書きを作らせている。メールには、先方の担当者名や顧客ごとの値引き条件も書かれている
- ② 総務担当が、社内の共有フォルダをAIにつないで、書類を探させている。フォルダには、顧客ごとの見積書や契約書も入っている
- ③ 広報を兼ねる担当者が、ホームページに載せている商品情報をもとに、AIでSNSの投稿文を作っている
社長が思っていた以上に、社員はAIを使っていました。
顧客情報の扱いや公開前の確認は、すでに決まっていた
情報の扱いについても聞いておきます。
「AIのルールはなくても、情報の扱いについて、すでに決めていることはありませんか」
この会社では、こんな答えが返ってきました。
- 以前、補助金を申請したときに、IPAのSECURITY ACTIONで二つ星を宣言している。そのとき「5分でできる!情報セキュリティ自社診断」にも答え、情報セキュリティ基本方針を作った
- 年に1回の社員研修で、「顧客の情報は、会社のパソコンと会社で契約したサービスの外に出さない」と伝えている
- SNSやホームページに載せる文章は、公開前に上長が読むことになっている
二つ星の宣言やルールの有無に加えて、社員が実際にどう仕事をしているかも確かめます。この会社では、AIを使わない仕事では顧客情報のルールが守られ、AIで作ったSNSの投稿文も上長が読んでいました。
一方、顧客のメールをAIに貼り付けることや、フォルダをAIにつなぐことは、社内ルールに照らして確かめられていませんでした。
社内ルールを、メール・フォルダ・SNSに当てはめる
顧客のメールをAIに貼り付けること、共有フォルダをAIに読ませること、AIで作った文章をSNSで公開すること。それぞれについて、社内ルールで判断できるかを確かめます。第4回の見取り図でいえば、順に「入力」「処理」「出力」の場面です。
| 使い方 | 聞いて分かったこと | 適用できるルール/新たに決めること |
|---|---|---|
| ① 問い合わせメールの返信(入力) | 個人契約のAIに、担当者名や値引き条件の入ったメールを貼り付けている | 適用できるルール:顧客の情報は、会社で契約したサービスで扱う。個人契約のAIに貼り付けるのは、このルールから外れている 新たに決めること:問い合わせ対応に使う、会社契約のAIはどれか。そのAIに入力してよい情報はどこまでか |
| ② 共有フォルダの書類探し(処理) | 見積書や契約書の入ったフォルダをつないでいる。AIが読める範囲や、今の閲覧制限がAI経由の利用にも適用されるかは、つないだ本人も確かめていない | 適用できるルール:AIをフォルダにつなぐことについてのルールはない 新たに決めること:AIにつないでよいフォルダはどれか。その範囲を誰が判断するか |
| ③ SNSの投稿文(出力) | 公開済みの商品情報をもとに投稿文を作り、公開前に上長が読んでいる | 適用できるルール:公開前に上長が読む。AIが作った文章も、この手順で確認している 新たに決めること:特にない |
まだ聞いていない項目は、ルールがないと決めつけず、確認が必要な項目として残します。
AIにも使える、IPA自社診断の確認項目
IPAの自社診断には、データの共有範囲を必要な人に限っているかという項目があります。AIに読ませるフォルダの範囲を決めるときにも、この項目が参考になります。
外部サービスの安全性や信頼性を確かめて選んでいるかという項目は、問い合わせ対応に使うAIを選ぶときに通じます。
公開すべきでない情報を公開していないかという項目は、SNSの投稿文を公開前に上長が読む手順に関わります。
※ 自社診断のNo.4・No.23・No.19。IPA「5分でできる!情報セキュリティ自社診断」(2026年6月 Version 6.0)は、中小企業の情報セキュリティ対策ガイドラインのページから入手できます。https://www.ipa.go.jp/security/guide/sme/about.html
社内ルールの有無に応じた進め方
この会社では、SNSの投稿文には今の確認手順がそのまま使えました。一方、顧客のメールを貼り付けるAIや、AIにつないでよいフォルダは、新たに決める必要がありました。支援先によって、今のルールがどこまで使えるかは異なります。
| 支援先の状態 | 進め方 |
|---|---|
| 今あるルールが、AIの使い方にもそのまま当てはまる | AIを使う場面を例に挙げて、そのルールがAIにも当てはまることを社員に伝える |
| ルールはあるが、AIを使うときにどう守るかが決まっていない | この記事のように、使い方ごとに社内ルールと照らし合わせ、新たに決めることを書き出す |
| 情報の扱いについてのルールがない | 今の使い方を聞き、問題の起こりやすさと影響の大きさで、最初にルールを作る使い方を選ぶ |
顧客メールと共有フォルダを先に確認する
顧客のメールには値引き条件が書かれていて、共有フォルダには見積書や契約書が入っています。これらが見せてはいけない相手に見えると、顧客との取引に響きます。
対応の順番は、問題の起こりやすさと、起きたときの影響の大きさで考えます。情報セキュリティで対策の優先順位を決めるときの、基本的な考え方です。
起こりやすさは、AIを使う頻度と、入力やアクセスを制限する対策があるかで考えます。
影響の大きさは、誰が困るか、間違った内容がどんな判断に使われるか、あとから訂正や取り消しができるかで考えます。第3回で書いた、AIの回答を何に使うかで確認の重さを変える、という話と同じ考え方です。
この会社では、顧客のメールがそのAIでどう扱われるかも、AIが読めるフォルダの範囲も分かっていません。起こりやすさを判断するためにも、この二つを先に確かめます。SNSの投稿文は公開済みの情報を使い、上長も読んでいるので、今の手順を続けます。
| 使い方 | 判断の理由 | 次にすること |
|---|---|---|
| ① 問い合わせメールの返信 | 顧客情報を会社契約のサービスで扱うルールが、守られていない。メールには、ほかの顧客に知られると困る値引き条件も入っている | 個人契約のAIに顧客のメールを貼り付けるのを止める。そのうえで、AIサービスでのデータの扱いを確かめ、問い合わせ対応に使うAIと、入力してよい情報の範囲を会社で決める |
| ② 共有フォルダの書類探し | 見積書や契約書のあるフォルダをつないでいて、業務に必要な範囲を超えてAIが読める可能性がある。今の閲覧制限がAI経由の利用にも適用されるかは分かっていない | AIが読める範囲を確かめ、つないでよいフォルダと、その範囲を判断する担当者を決める |
| ③ SNSの投稿文 | 材料は公開済みの情報で、公開前に上長が読む手順がある | 今の手順を続ける |
①と②のどちらを先にするかは、ここでは決めません。②のフォルダに入っている情報の種類や範囲によっては、②を急いだほうがよいこともあります。
私なら、社長にこう言います。
「顧客からのメールをどのAIに貼り付けてよいか。どのフォルダをAIにつないでよいか。まず、この二つから決めませんか」
本稿は2026年10月時点の考え方に基づいています。生成AIの機能や設定は日々変わるため、実際に運用するときは各社の公式情報をご確認ください。